田中角栄 その名言と功罪 その1

田中角栄元総理といえば数多くの名言がありますが、その業績の功罪を検証すると・・・原発、尖閣諸島、新幹線みんな角栄さんから始まったということです。・・・それってほんとですか?

田中角栄元総理を語るうえでは、ロッキード事件の関与などに代表される金権政治がよく取り上げられますが、田中角栄元総理が首相時代に手がけた政策の中で、現在の政治・社会が抱える課題にも大きく影響をおよぼしている「エネルギー政策」についての功罪を検証します。

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エネルギー危機の回避策が招いた危機

田中角栄元総理は当時主力のエネルギーであった石油、そのほとんどを現在と同じく海外に依存しておりとりわけアメリカの国際石油資本(石油メジャー)に大きく依存していた。

その石油供給ルートをより多様なものへと転換すること、加えてエネルギーの石油依存そのものから脱却するべく原子力発電の推進に力をいれた、したがってそれに必要な濃縮ウランの確保をめざした。

そのために、東南アジアや当時のソ連を含むヨーロッパ諸国をまわり、積極的に資源外交を展開していきました。その行動力は山岡淳一郎氏の『田中角栄 封じられた資源戦略』で出版されるほどでした。

日本の生命線であったエネルギー供給源の確保は、資源のほとんどない日本にとって大変重要なことで、どこかで寸断されても補える別ルートのから安定的確保が日本のエネルギー危機回避には不可欠なことだという危機感を、1973年10月の第一次石油危機の前から持ち、具体的に行動していることから政治家としての先読み実行力ともに素晴らしいといわれています。

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・「原発は安全で、放射能漏れによる環境汚染の心配はない」という神話

原発の安全神話を信じていた田中元首相は、過疎化した地域を振興するため、積極的に原発建設を進めていった。4期続いた佐藤栄作首相の後継を狙った田中元首相が、自民党総裁選を前に1972年6月に刊行した著書がマニフェストともいえる『日本列島改造論』です。

『日本列島改造論』では、原発の建設についての次の記述があります。

《原子力発電所の放射能問題については海外の実例や安全審議委員会の審査結果にもとづいて危険がないことを住民が理解し、なっとくしてもらう努力をしなければならない。しかし、公害をなくすというだけでは消極的である。
地域社会の福祉に貢献し、地域住民から喜んで受入れられるような福祉型発電所づくりを考えなければならない。たとえば、温排水を逆に利用して地域の集中冷暖房に使ったり、農作物や草花の温室栽培、または養殖漁業に役立てる。豪雪地帯では道路につもった雪をとかすのに活用する。
さらに発電所をつくる場合は、住民も利用できる道路や港、集会所などを整備する。地域社会の所得の機械をふやすために発電所と工業団地をセットにして立地するなどの方法もあろう》

この一節を見てもいかに産業のない僻地を、何とか活性化したいというアイディアがたくさん盛り込まれています。しかしこの思いが後戻りが難しいことになるとは当時はだれも考えなかったようですね。

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・現在も止められぬスパイラル

地域振興と一体となった原発建設を行うために、田中元首相は首相在任中の1974年に「電源三法」が成立させた。この法律にもとづいて、原発の立地自治体には交付金などの形で資金が流れこみ、それが地域振興に使われるしくみができあがっていった。

だが、結果としてこの制度は、原発に依存しないと成り立たない地域を各地に生み出すこととなり、しかも交付金で地域経済が持ちこたえられるのは30年が限度とされているため、交付金が終わってしまう自治体は、破綻を避けるべく、原発を増設し続けなければならないという後戻りの難しい悪循環に陥ってしまった。

現在「脱原発」と言うのはたやすけれど、いざ原発をなくそうとしたとき立地自治体に新たな産業を育てようにももともと産業がない地域体質ゆえ、かなりの困難と時間がともなうことは間違いない。
住民は原発関連の仕事をし、交付金で自治体が成り立ち「脱原発」したけれど前のほうが良かったなどという考えも出てくることは、容易に想像できますね。

2011年の福島第一原発の事故は、田中角栄元総理が信じていた「安全神話」を打ち砕くとともに、田中角栄元総理のエネルギー政策から生まれたシステムの欠陥をあらためて浮かび上がらせたということになってしまったということですね。

またその一方で、震災直後の対応においては、「もし田中ありせば」とメディアでも注目が集まった。民主党政権の対応は後手続きであり、被災地はもちろん、日本全体がいらだちに包まれていた。

「田中イズム」の伝承者を自任する石破茂議員は「田中先生ならば直後に被災者が何を望んでいるかを素早く見抜き2割増し、3割増しで実現しただろう。そして恐ろしく批判され、真の評価は後世に委ねられたのではないか」。
このことからも、田中角栄元総理の功罪は議論することが無意味にさえ思えてきます。
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